2024.3. 7 / 県立奈良高校・創立100周年記念・中庭プロジェクト
僕の母校である、県立奈良高等学校の創立100周年記念事業でつくる中庭プロジェクト。
徐々に出来上がっていく中庭の様子を、ランドスケープアーキテクトの視点でご紹介しています。
今回は、創立100周年記念のモニュメントとして新たに設置することになった「羅針盤」(石板プレート)の制作と
設置工事についてレポートしたいと思います。
奈良高校の創立100周年記念の中庭プロジェクトの計画については、今回の連載記事のその2(計画編)で
詳しくご紹介していますが、処々の事情があって、100年の歴史の中で2回目の校舎移転を経て、
現在の「朱雀校地」に移りました。
旧校地(法蓮校舎)の中庭の2倍の面積を持つ、朱雀校地の中庭を新たにデザインするにあたって、
「楕円構造」を持つ空間を提案しました。
楕円は2つの「焦点」をもつ図形ですが、その「焦点」のひとつに、旧校地から移転された
プラトン・アリストテレス立像(創立50周年記念でつくられたモニュメント)を設置し、
もうひとつの「焦点」に、創立100周年記念を象徴する「羅針盤」と呼ぶ石板プレートを設置する計画としました。
こちら↑は、完成予想CGパースですが、手前の黒い円形のものが、今回、御影石でつくる予定の「羅針盤」です。
羅針盤は、古代中国で発明された、紙、活版印刷、火薬とともに、「中国四大発明品」とされています。
「羅針盤」は中国からヨーロッパに伝わり、列強の国々は、「新しい大地」を求めて大航海時代を迎えました。
そのような意味から、「羅針盤」は、奈高生が未知なる世界へ飛び込むために不可欠なアイテムの「象徴」と
位置づけています。
楕円の2つの焦点の一方から発せられる光は、楕円の壁に反射して、必ずもう一つの焦点に導かれます。
(「楕円の反射定理」)
羅針盤を手掛かりに、世界に向けて歩き出した後、どこへ向かおうと楕円の壁に反射した光は、
必ずもうひとつの焦点である奈良高校の「原風景」ともいえる、プラトン・アリストテレス像へと戻ります。
自らの進むべき道に迷い、壁に阻まれることがあったとしても、青春時代に師や友とのかけがえのない時間を
過ごした自身の原点、奈良高校へと回帰し、自らの進む道や目標を見つめ直すきっかけとなるはずです。
「羅針盤」は、奈高生が、自分自身の進むべき道を、自身や師と対話しながら見つけるための装置として、
創立100周年記念の新たなモニュメントとして制作する、中庭の重要なパーツになります。
この「羅針盤」(石板プレート)を、在校生(学生)と一緒にワークショップ形式でつくれないかと、
学校側に提案したところ、何とか了解をいただきました。
中庭の工事工程(石板プレートの設置時期)、石板プレートの制作期間(中国の石材業者さんに発注)等を考慮し、
10月初め~11月末までの約2ヶ月間、都合4回のワークショップを行うという、非常にタイトなスケジュールに
なってしまうのですが、在校生(2年生、1年生)の有志、約20人が手を挙げてくれました。
【 2023年10月6日(金) 第1回 羅針盤制作ワークショップ 】
ワークショップは、平日の授業が終わった放課後に実施することになりました。
第1回目のこの日、ワークショップに参加してくれた学生(2年生、1年生、18名)を、
まずは、工事中の中庭へと連れ出しました。
安全上、事着工後、中庭は工事関係者しか入ることができませんでしたが、この日は時別に許可をいただきました。
まだこの時は、中庭工事は整地工事、土留め擁壁工事が終わったあたりで、まだ何もない状態でしたが、
現場監督さんに、羅針盤の設置位置と大きさ(直径3m)を、土の上に青いラインで描いていただきました。
実際の現地に立ってみることで、四方を囲む校舎との関係、羅針盤の上に立って見た時に見える景色など、
図面と照らし合わせながら、実際の現場での感覚を、ワークショップに参加した学生に伝えました。
先に中庭での説明を行ったのは、この時期(10月)、夕暮れが早くなったため、先に詳細説明をしていると
その後、中庭へ降りても真っ暗で何も見えなくなってしまうのを懸念したためです。
中庭での概要説明のあと、学校側が用意してくれた教室に場所を移して、続きのガイダンスを行いました。
第1回目のワークショップには、新聞記者をされている奈良高校のOB(OG)2名も、取材に来てくださいました。
ワークショップに参加する学生たちの意気込みや感想をヒアリングされていました。
1回のワークショップの時間は、16時スタートで17時半までの1時間半。
これから「羅針盤」のデザインを考えてもらう学生に向けて、できるだけ詳細に設計コンセプトを伝えました。
以前、OB会(宝相華会)の総会で、創立100周年記念事業のプレゼンをさせていただいた資料を元に作成した
パワーポイントを、モニターに映して、できるだけビジュアルで分かりやすいようにしたつもりですが、
年代も違う、現役の学生にどこまで設計の意図を伝えられたかは、分かりませんでしたが・・・。
こちらは、石板プレートを制作していただく石材加工業者さんからいただいた石材サンプル。
「羅針盤」の図案を考えるだけでなく、建築物の一部として実際の中庭の床に設置されるものなので、
デザイン(図案)の視認性、他の庭のパーツとの相性、安全性(滑りにくい仕上げ配慮)なども考慮するように
ドバイスをしました。
この日の第1回のワークショップでは、設計者である僕の方から学生に向けての一方的なプレゼンでした。
実質あと3回のワークショップで、デザイン案の絞り込み、ブラッシュアップ、問題個所の解決など、
限られた時間の中で、学生とのコラボレーションがうまく進められるか、とても心配でした。
【 2023年10月27日(金) 第2回 羅針盤制作ワークショップ 】
第1回目のワークショップから2週間が経ち、第2回目は、いよいよワークショップに参加してくれた学生から
デザイン案(図案)の提案を発表してもらう日です。
それぞれに考えてきたデザイン案を黒板に張り出して、そのデザインコンセプトについて説明してもらいました。
中には、短時間にも関わらず、深いコンセプトが練り込まれた案や、デザインそのものが目を惹く案もありました。
参加した学生の意見も聞きながら、提案された案の中から、2次選考に進む3つの案に絞り込みをしました。
本当なら、このデザイン素案を検討する段階でもう少し時間を取りたいところですが、
あと2回のワークショップで、実施案の決定はもちろん、その案のブラッシュアップ、施工上の問題点などの解決を
済ませないといけないため、やむを得ず、今回の第一回目の提案で上位3案に絞らせていただきました。
それぞれの案に対して、設計者からの視点で、更なるブラッシュアップの方向性などをアドバイスし、
次回にまでにその改良案を考えてきてもらうよう、学生たちにお願いしました。
【 2023年11月10日(金) 第3回 羅針盤制作ワークショップ 】
当初の工程では、今回の第3回目ワークショップで、最終の1案に絞り込み、その案の施工的な面での課題解決、
デザイン的なブラッシュアップ等、最終の第4回ワークショップに向けて実施していく段取りで考えていました。
前回のワークショップで3案に絞り込んだ案は、前回よりぐっと良くなった案もあれば、
前回輝きを放っていた案が、改良したことで輝きを失ってしまい、前回の方が良かったと思う案もありました。
ワークショップに参加してくれている学生たちの感想や質問、意見などもヒアリングしながら、
さらにより良くするための検討会となりました。
結局、今回の第3回ワークショップでは、最終1案に絞り込むことができず、3案並列のまま、
次回最終回となる第4回ワークショップに持ち越しという判断とさせていただきました。
【 2023年11月24日(金) 第4回(最終回) 羅針盤制作ワークショップ 】
いよいよ「羅針盤」制作ワークショップの最終回です。
工事の工程上、11月末に「羅針盤」の最終デザインを決定し、石板にその図案をサンドブラストで描く加工を
地元・奈良の石材業者さんを通じて、中国の協力業者さんに依頼しなければならないのです。
年明け早々の1月には、中庭の工事現場に「羅針盤」を設置しなければならないというスケジュールなのです。
最終回のワークショップスタート前に、最終の3案について、そのバリエーション案(地と柄の反転パターンなど)
含め、前の黒板に張り出してもらいました。
最終的な実施案に絞る前に、再度中庭の現場に置いた際に、「羅針盤」がどのように見えるか、
中庭を見渡せる校舎西棟2階の窓から中庭を見ながら、今回提案された最終案と見比べることにしました。
提案された図案は小さな紙に描かれたものですが、実際の空間では直径3mのかなり大きなプレートになります。
そのスケール感と模様のバランス、俯瞰で見た視認性などについて、僕自身も確認したかったので、
学生たちと一緒に2階廊下からの見え方をチェックしました。
最終提案されたデザイン案は、ブラッシュアップされ、デザイン的なクオリティも格段に上がったと思います。
学生たちも、限られた時間の中で最後まで粘って、素晴らしい案を持ってきてくれました。
施工性や制作コスト面などの検証について、施工者側からの見解も事前にお聞きし、選考の参考にしました。
3案とも、甲乙つけがたい中で、最終的にどれか1案を選ばざるを得なくなり、難しい曲面を迎えました。
ワークショップに参加してくれた生徒会長の意見もあって、参加した学生たちそれぞれに
「推し」の一案を聞くことにしました。
ワークショップに参加した学生たちの「推し」の投票結果も考慮しつつ、
オブザーバーとして参加して下さった先生方のご意見、感想などもお聞きし、
最終的には中庭の設計者として僕が、中庭全体のデザインコンセプトとの親和性なども考慮して、
どの案で実際の製作を進めていくか決めさせていただきました。
最終的に、2年生の森川夢可さんがデザインし、大西雪乃さん・前田悠里花さんと3人で意見をまとめて完成させた
デザイン案を選びました。
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【 最終決定案のデザインコンセプト 】( ※ 奈良高校のホームページより )
中心に羅針盤を配置し、周りは菅原道真が愛したとされる梅の花や、ペン、鉛筆といったモチーフで、
学問への志を表現した。蕾紋は庭の植物の成長を願うとともに、東洋と西洋の融合を表している。
また、羅針盤と庭にひかれた白い道をつなぎ、未来へ進む奈高生へのエールを込めた。
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※「羅針盤」制作ワークショップについては、奈良高校のホームページにも詳しく掲載されています。
ご興味がある方は、そちらも併せてご覧ください。⇒ 奈良高校HP・「羅針盤ワークショップ」
最終実施案は、何とか期限内に決めることができましたが、実はここからが大変でした。
選ばれた最終案は、「楕円の焦点から発せられる光」のラインを羅針盤の中に引き込む図案で、
それが特徴的で素晴らしかったのですが、工事でつくる周囲のタイルのラインと、
羅針盤内のラインがピタリと合わないと、意味がないのです。
選ばれた図案を施工図の中に落とし込んでみると、懸念していた通り、微妙にズレているのです。
もう少し拡大してみると、こんな↑感じ。
見るからにずれています。(誤差の範囲とは言えないズレです。)
これを何とか修正しないといけないのです。
しかも、石材業者さんに渡す最終データ形式を、イラストレーター形式にしなければなりません。
そこで、急遽知り合いに手伝ってもらって、何とか短期間で微調整することができました。
こちら↑が、修正した最終案です。
「梅の花」をモチーフとした図案で、5弁の花弁と5つのおしべがデザインされていましたが、
そのうちの2つのおしべが、「焦点」から発せられる太いラインと重なってしまいました。
少し残念ですが、止むを得ません。
上が当初案(学生案)、下が修正した最終図案です。
デザインコンセプトは大きく変わらないので、学校を通じて、
発案者の学生にも了解をもらい、これをもって最終案として進めることにしました。
最終制作案を施工図の上に重ねてもらいました。
焦点から発せられる白いラインがピタリと合いました!
11月末に奈良県の石材業者さんを通じて、中国の石材加工会社さんに制作を依頼。
年明けに、制作してもらっていたものが出来上がったとの知らせがありました。
こちらが出来立てホヤホヤの状態の「羅針盤」です。
この写真では小さくみえますが、実際には円の直径は3mもあるのです。
黒い御影石の本磨きをベースに、図案(模様)の部分をサンドブラスト仕上げ
(細かい砂を吹き付けて石を削って模様を描く方法)で白く浮き上がらせています。
年が明けて、2024年。
中庭の工事も、楕円形のスタンドベンチが出来あがり、中庭の中央広場の仕上げ工事へと進んできています。
こちらは、楕円形の2つある「焦点」のひとつ、「羅針盤」を設置する場所です。
当初は、「羅針盤」の中心に、「キャンドル噴水」を設置する計画でしたが、工事費圧縮のため減額対象となり、
一旦は噴水はなくなったのですが、「キャンドル噴水」でなくてもいいので、
何とか水が出るようにして欲しいという学校側からの要望もあって、「羅針盤」の中央に噴水のノズルと、
それに接続する水道管、そして吹き出した水を排水する暗渠排水がつくられています。
この上に、御影石のプレートを加工した「羅針盤」を被せることになります。
【 2024年1月19日(金)】
いよいよこの日は、中庭に「羅針盤」(石材プレート)が設置されます。
いくつかある中庭の重要な工事の日です。
現場監督さんと施工会社さんとで綿密な打ち合わせがされています。
直径3mもある石板プレートの「羅針盤」は、一枚ものでつくると重すぎる上、コストも高くなるため、
7つのパーツ(周囲の扇形パーツが6枚、中央の円形パーツが1枚)で構成されています。
それぞれのパーツが中庭に搬入されました。
左側が、中央の円形パーツで、まさにコンパス(羅針盤)がデザインされています。
右側のパーツは、外側の6枚ある扇型パーツのひとつですが、プラトン・アリストテレス立像の方向を示す
ペン先と鉛筆の先がデザインされた重要なパーツです。
ベースとなるコンクリート土間部分の端の部分(タイルとの取り合い部分)の厚みが足らなかったらしく、
石板プレートが面イチに納まるように、コンクリートをはつっているところです。
まずは、中央の円形パーツの位置決めです。
コンパスの方位を実際の方位と合わせつつ、表面の水平、高さなど、細かい確認をしているところです。
まずは、中央の円形パーツ(コンパス)の位置が定まりました。
コンパスの先、正面に、プラトン・アリストテレス立像が見えています。
現場で施工が先行している、タイルで表現された「楕円の焦点から発せられる光のライン」と
羅針盤内のラインをピタリと合わせる必要があります。
続いて、外側のパーツを設置していきます。
まずは、プラトン・アリストテレス立像にに向かうパーツから。
御影石で出来ているため、6分割していても、かなり重たく、4人がかりで落とさないよう慎重に設置します。
まずは、仮に置いてみます。
直径3mの「羅針盤」は、平坦に見えますが、外側に向かって水が流れるように勾配を取って設置します。
「羅針盤」と接する、アイボリー色の床タイルとの取り合い部分の納まりについて、
タイル施工をされている職人さんと協議しているところです。
現場では、様々な取り合い、制約があるため、それらをクリアしながら、慎重に設置していきます。
一旦仮決めした外側の扇形パーツを起こします。
中央に見えている緑色の光はレーザーで、正確な位置出しの確認に使われています。
一旦持ち上げた扇形パーツの裏側で、下地のコンクリートに接着させるために、
ひしゃくでモルタルを流し込んでいるところです。
立てていた石板を倒し、取り付けていきます。
微妙な調整には、ガラス工事などで使われる吸盤を使って行っています。
レーザーで向きが正確かどうかチェックして、位置を確定します。
次々に、外側の扇形パーツを取り付けていきます。
ひととおり外側の6つのパーツが取り付けられました。
キレイな正円になりました。
このデザインの最も重要な要素、楕円の「焦点」(石材プレートの中心)から発せられる光のラインと、
「羅針盤」の外側のタイル工事で先行して作っていたラインがピタリと合うかどうか?
大丈夫そうです!
東側の昇降口から見たアングル。
「羅針盤」の中心から四方に伸びているラインが、庭のタイルでつくったラインとつながっているのが
分かると思います。
一番心配していた部分ですが、うまく行きました!
石板の設置位置が決まりましたので、次は、パーツの間の隙間(目地)にモルタルを流し込んでいきます。
目地のモルタルが乾いたところで、「羅針盤」の表面をきれいに拭いて仕上げていきます。
奥に見えているのが、校舎東館の昇降口です。
「羅針盤」の設置が決まったところで、校舎の上(2階)から、どのように見えるのか、気になったので
東館2階廊下の窓から中庭を見下して撮影してみました。
「羅針盤」から伸びる線が、「楕円の反射定理」を見事に表現しています。
少し斜めから見たところ。
アンシンメトリー(非対称)な楕円形のスタンドベンチと、その内側に姿を現した星のような形をした
「楕円の反射定理」を表現するラインがとても印象的です。
再び、中庭に戻って、羅針盤のところへ行ってみました。
黒い御影石でできた「羅針盤」に、うっすらと空が反射して見えました。
羅針盤とタイルのラインの境目部分もきれいに納まって、一体感のあるデザインになりました。
これから、しばらく中央広場のタイル工事が進んでいきます。
工事で「羅針盤」の表面が傷つかないように、養生され、「羅針盤」のデザイン(図案)は見えなくなりました。
仕上げ工事に入って、日々どんどんと風景が変わっていきます。
次は、中央広場のタイル工事をレポートしたいと思っています。
乞うご期待ください!
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【 奈良高校・創立100周年記念事業について 】
今回の奈良高校・創立100周年記念の中庭プロジェクトは、50年前の創立50周年の時と同じく、
OBOG(卒業生)をはじめとした、様々な方々の寄付によって創られる事業になります。
「奈良高校 100周年記念特設サイト」も、2023年9月1日よりオープンしております。
[ 奈良高校 100周年記念特設サイト] は、こちら ⇒ 奈良高校 創立100周年 (narahs100th.jp)
創立100周年を機に、ますます発展する奈良高校へご支援いただけましたら幸いです。
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